どうもです。
いつも閲覧等ありがとうございます。

先日から祖母の家にて新生活を始めた自分ですが、
まだ色々な事に慣れなくて心も体も落ち着かない状況です。

また、実家(という表現があっているのか不明だけども)では
爺の状態はさらに悪化したらしく、嫌いではあるけれども
やっぱり色々気になってしまって落ち着けないのです。

こんな状況ではなかなか「家族」の世界にも行けなくて。
継治さんはずっとこっちにいてくれてるんですけどね。
天多さんとは心話で話したりしてます。

ロクショウとハクドウくんとはちょっと会えてないです。
こっちに来てからも警備を任せてますけど、もしかしたらきついのかもしれないです。
ミコトくんは訳あって、以前のように解離で人格交代できるように
自分の心の一部に部屋をつくってそこにいてもらってます。
(これらについては後日どっちかのブログで詳しく書きます)。

で、自分自身気分が乗らない状況で絵は描きたくないし、
そもそも自分はタルパという存在を「ネタ」みたいにして公開してきた事に
唐突に疑問を抱いてしまって。
タルパの存在を知ってもらう目的だったはずなのに、迷走している気がしたんです。

絵で「存在する人物を表現」するのも、ある意味では「嘘」に近い行為に思うんですよ。
それも自分の画風はデフォルメというか、簡易的に描く画風ですし。

最近思うようになったんですけど、(タルパの)人間(を模した)姿は洋服みたいなもので、
心というか魂みたいなものは、光と温もりと性格で成り立ってると思うようになったんですよ。
だから最近は無理矢理具現化しようとはしなくなりました。
タルパーにあるまじき行為(考え)ではあると思うんですけど。

光だけでも、温もりだけでもちゃんと存在はありますしわかりますから。
そこから自然に人の姿に具現化できたら、それはそれでいいと思うのです。

すみません。今日は乱文ぎみです。
何が言いたいかというと。

「タルパ日記」はこれからも書き続けていきますが、
「タルパ絵日記」はしばらく休もうかと。
描く気が起きたら描きますけど、自分はメンタルの疾患があり、
その為心情の起伏が激しいので必ずという確約はできないのです。
描くかもしれないし、描かない(描けない)かもしれない。
そして、上記の事。

タルパ日記もちょっと書き方が変わるかもしれません。
第三者を意識した書き方は、自分にとってはちょっとつらいので。

本当に申し訳ないです。

でも自分はタルパーとして、タルパ達との生活は伝えていきたいのです。
タルパの存在もタルパーも、まともな存在である事。
人間嫌いの方は自分のような生き方(タルパと結婚)がある事。
タルパを通じて少しでも現実が生きやすく思えてくれたらいいなって事を伝えていきたいので。

るなりあ挿絵